生物多様性研究室の安田昂十君(修士課程2年)、柴政幸君 (博士課程3年、日本学術振興会特別研究員) が、第72回日本生態学会(北海道大学)にて発表しました。
ヒトハリザトウムシの形態変異に対する形態学的研究
演者:安田昂十(生物多様性研:修士課程2年)、柴政幸(生物多様性研:博士課程3年、日本学術振興会特別研究員)、粂川義雅(埼玉県草加市)、福田達哉
要旨:日本列島は南北に長いことから、緯度によって気候も大きく異なる。そのために緯度が動物の生態や形態的な差異に反映されることが知られており、特に移動性が低い動物の場合は、緯度における生態的・形態的な差異が顕著である可能性がある。ザトウムシ類は飛翔能力を持たない土壌動物であるために移動性が低く、いくつかの種においては種内に地理的な変異を持つことが知られている。このうち国内の海岸沿いに広く生息するカワザトウムシ科のヒトハリザトウムシは、これまでに雄の背甲のトゲにおいて、高緯度では痕跡的になる傾向があることや脚と頭胸部も高緯度ほど小さくなることが示されているものの、雌においては不明な点が多かった。このヒトハリザトウムシにおける緯度に沿った形態的変異が、雄特有の現象であるのかといった問題に加え、生態的・形態的な変化が緯度とどのような関係があるのかといった疑問が生じる。そこで本研究では、東北地方・関東地方・中部地方の太平洋沿いおよび広島県広島市から採集したヒトハリザトウムシを用いて外部形態解析を行うことにより、形態変異と緯度の関係を明らかにすることを目的として研究を行った。本研究の解析の結果、背甲のトゲはこれまでの研究と同様に緯度とともに短くなった。これに対し、雌および雄の体幅や雄における体長、陰茎長、鋏角長は高緯度になるとともに大きくなるといった、先行研究とは異なる興味深い傾向を示した。
渓流沿い植物ヤシャゼンマイの胞子葉における葉柄柔軟性と構造的背景
演者:柴政幸(生物多様性研:博士課程3年、日本学術振興会特別研究員)、福田達哉
要旨: 河川沿いの植物は、葉柄などの支持器官を柔軟に曲げることで、増水時の水流ストレスを低減させることが報告されている。このことは、河川沿いで長期間展開し続ける栄養葉にとって有利な機械的形質と考えられるが、二形性を示すシダ植物において、地上部展開期が非常に短い胞子葉の葉柄が水流ストレス低減形質を保有しているのか興味深い問題である。これまでに、渓流沿い植物であるヤシャゼンマイの栄養葉の葉柄における柔軟性の獲得メカニズムが明らかとなっているために、本研究では胞子葉の葉柄柔軟性を対照種であるゼンマイとの比較によって明らかにし、またヤシャゼンマイの栄養葉と胞子葉の葉柄の比較を行い、両葉柄の相同性を明らかにすることを目的として研究を行った。本研究では両種の胞子葉の葉柄について、形態学的・解剖学的計測および3点曲げ試験による力学的特性を分析した結果、ヤシャゼンマイはゼンマイに比べて有意に高い変形割合を示し、また細胞が伸長方向に短小化していることが明らかとなった。この細胞長の変化は、単位長あたりの細胞数が増加するために多くの細胞間を作り出され、そこが応力集中箇所として作用することで細胞同士のずれが発生したために、葉柄全体の変位に繋がったと考えられる。また、葉柄の栄養葉と胞子葉における比較では、変形割合に差は認められなかったものの、栄養葉は胞子葉よりも有意に細胞が短く、かつ細胞壁密度が有意に高い結果が得られた。この胞子葉の細胞壁量の少なさが細胞自身の変形を可能にし、比較的に長い細胞においても栄養葉と同等の葉柄の変化を示すことが明らかとなった。この背景に胞子葉の地上部展開時期の短さが、葉柄の細胞壁への資源投資量を減少させ、その結果として栄養葉と胞子葉は類似した柔軟性が可能となったと考えられる。